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自慢ではないが、俺の体はたいがいひどい。二十代後半から、肉体年齢五十代の異名を取る男だ。女性のマッサージだと、たいてい力が足りない。俺の個人的な事情として、女性の指の細さに起因するのか、あの刺さりこんでくるような感じも苦手である。
ばーさんが背中を全体的にさすった。
「ああ、こりゃひどいねえ」
「やっぱりそうですか」
「痛いよ」
「はい……え?」
問うヒマもなかった。
そこから1時間の地獄が始まった。
背骨に沿ったラインを押すあたりからマッサージは始まったのだが、その力が尋常ではない。おかしい。俺の背中にいるのは小柄なばーさん1人のはずである。この圧力はとうていそんなレベルのものではない。そう、たとえるならばーさんが5人。もちろんそんなはずはない。だとしたらこの重みはいったいなんだ。人生か。これが人の歴史の重みか。
細い指が刺さりこんでくる感じなどまったくしない。重たいものが押し当てられ、それが体の中心部から揉みほぐしているようだ。効くなどとというなまやさしいものではない。
「あ、あの、強いんですが!」
「平気だよ。男だから」
なんだよその理屈!
つーかなにこれ。カイロプラクティックなの? あとひと押ししたら背中ばきって鳴るよこれ? あ、あ、重みが脚に。やめて、立ち仕事で疲れたふくはらぎにその圧力は拷問なの。ほんとに死ぬの。やめて。やめてください。
「ちょいと失礼するよ」
脚を持ち上げられた。なんかこう、折り曲げられて伸ばされた。これマッサージでもストレッチでもねえよ関節技だろ! 明日も仕事あるんです。ほんとやめてください。伸びる! 伸びちゃう! 伸びたままおかしい感じに脚だらーんとなっちゃう。人間の体はそんなふうには伸びないのほぉぉぉ!!
やっと解放されたと思ったのはほんの一瞬で、背中から腰、下半身方面が終わったと思ったら、次は肩への攻撃が来た。もはやこれはマッサージではない。純粋な拷問である。バキのとあるシーンで、柔道でオリバを相手にした警官が大木をイメージするシーンがあるが、それでいえばこれは万力である。俺の肩にいま、マッサージ型戦闘万力ばばあ改2号とかそういうものが設置されている。機械的な制御を思わせる的確な力のコントロールでどんどん肩が締められていく。あんな小柄なばーさんのどこにこんな剛力が? そもそもこれほんとに手でやってるの? 振り返ったら脚とか使って俺の上に立ち上がったりしてない? それともやっぱりばーさんは一人じゃなくて、俺の上に鈴なりの中国雑技団的なばーさんの群れがいるの?
痛い部位として目という申告はしてあった。疲れ目であることも伝えた。よって、肩の次は首から上のマッサージとなる。眉間のあたりに手を当てられ締め付けられる。
人間の頭蓋骨は相当に丈夫だという。しかしこれはやばい。頭蓋骨つぶれる。なんか出る。まじで眼球出る5秒前。鼻からもなんか出る。さっきっから俺の脳は警告を出しっぱなしだ。ひょっとしたら花畑も見えたかもしれない。川の向こうで白詰草の冠をかぶった妹が「おにいちゃん、早くこっちに来て。ここは一人でさびしいんだぁ……」とか笑っている。死因。ばーさんによる頭骨圧搾死。そんなバカな。こうして、1時間の拷問が終わった。
もはやマッサージの結果はどうでもよかった。俺は痛みから解放された喜びと、そして明日以降のもみ返しへの恐怖がないまぜになった複雑な思いを抱いていたが、なにより放心していた。あのときの俺の表情を一言で説明する便利な言葉がある。
「レイプ目」
もう、これ以外になかった。
ともあれ俺は思った。マッサージ師はその気になれば人体を破壊できるはずだ。鎬紅葉は正しかった。医療戦闘術はいまここに存在している。ばーさんの形をとって。
全身が軋むことを恐れながらそろそろとベッドの上に起き上がり、薄板でも踏むように床に足をついて立ち上がった。
「楽になったでしょ」
ばーさんが言った。
「……」
俺は絶句した。楽どころではなかった。
体が軽くなっている。
常日頃から腰痛持ちの俺は、いつも「なんとなく」腰が重たいような意識がある。直立することを恐れるため前かがみになる。姿勢が悪い。腰痛が悪化する。悪循環だ。
まるでその循環が断ち切られたかのように、腰も、体も、すべてが軽かった。目も楽なんてものではない。視力が上がった気がする。マッサージなんてものではない。もはや人体改造だ。なにがどうしてこうなったのか。


